2015年7月4日土曜日



視点をぎゅうっと縮こめて、ある一点に集中したり、
目の機能を無視したやりかたで、ぼんやりと全体をながめたり

まなざしをおくったり
まぶたを閉じて、皮膚でかんじたり

みる、にも、いろいろあるなと思います。
みて、みぬふりとか、みわたすとか。
みないも、実は、みると似ていますね。

あたまで考えるまえに
わたしのからだは勝手にそうしています。



わたしは、毎分、毎秒単位で
ここちよい、を選びとっていこうと
ついこのあいだ決意しました。

でも、自分のここちよいが何なのか
わたしはあまり知らないみたい。

だから、まずは自分をみつめています。
それから、なんでもかんでも
質問しています。自分で自分に。

はじめは、意識して、問いかけ続けます。
答えはいらないふりをして、質問だけ。



ぼーっとしてたら、わたしのからだが、
あたまをなでてほしいって言うものだから
最近は、自分でいいこいいこばっかりしています。

頭をなでるなんて、
自分ですることでないと思い込んでいました
(だからといって、誰かになでてもらうことも考えてなかったけど)。



わたしの手は、わたしの手ではないみたい。

別の意思とか人格を持っているみたいに
わたしのからだを、なでてくれます。
とってもとっても優しく。

ものすごく、ほっとします。



ひとりで自分をみつめたら、
こういう大発見があります。
おもしろいです。


0 件のコメント:

コメントを投稿